神谷美恵子癩者(らいしゃ)に光うしないたる眼(まなこ)うつろに 肢(あし)うしないたる体(からだ)になわれて 診察台の上にどさりとのせられた癩者よ 私はあなたの前に首(こうべ)をたれる。 あなたは黙っている かすかに微笑(ほほえ)んでさえいる ああ しかし その沈黙は 微笑は 長い戦いの後にかちとられたものだ。 運命とすれすれに生きているあなたよ のがれようとて放さぬその鉄の手に 朝も昼も夜もつかまえられて 十年、二十年と生きて来たあなたよ なぜ私たちでなくてあなたが? あなたは代って下さったのだ 代って人としてあらゆるものを奪われ 地獄の責苦を悩みぬいて下さったのだ。 ゆるして下さい、癩のひとよ 浅く、かろく、生の海の面に浮かびただよい そこはかとなく 神だの霊魂だのと きこえよき言葉あやつる私たちを。 心に叫んで首をたれれば あなたはただ黙っている そしていたましくも歪められた面に かすかな微笑みさえ浮かべている。 神谷美恵子 著作集 9 「遍歴」 みすず書房 神谷美恵子は名家の出身で、幼少を親の仕事の都合でフランスやスイスで過ごす 帰国後、成城学園を経たあと、津田塾女子大に入学し、津田塾時代にご奉仕として、らい療養所の多摩全生園に賛美歌のオルガンを弾きに行った。 そこで初めて、癩病の人と会い生涯を癩病の人たちのために尽くそうと決心し、津田塾女子大を卒業したあとアメリカに留学し、その後東京女子医大に入りなおして医学を修めた 医者になる前年に岡山の日本一の癩療養所愛生園にいってこの感動的な詩を作った 神谷美恵子はそれからの一生を癩患者に捧げた 誰でも出来る事じゃないよな |